そこは闇では無い。
しかし、現実に存在するかどうかを尋ねても無駄であろう。
それは確かにそこに有り、息衝いている。
人は呼ぶ。
人では無いものが集う場所は闇と。
しかし、人では無いものにとって、
そこは・・・
その場所の主に、
招かれなければ、何人たりとそこへ入る事が許されない空間。
それは、いかなる異界の魔人であろうと不可能であると噂されている。
全てが始まる今日、その日。
運命の刻がゆっくりと迫っていた。
その中の量感と年代を感じさせる上品な机で、
じっと一枚の手紙を見つめている長い漆黒の髪を持つこの空間の主は、
軽い溜息をついた。
その光景をもしこの病院の看護婦達が目の当たりにしたならば、
おそらく、全員がこの院長の名前をただ呟くだけの病人と化し、
この病院の一角に設置されたリハビリルームの住人になるに違い無い。
それほど。
この都市の極悪人達でさえ恐れるこの病院の院長の美しさは、
誰もが知り、そして誰もが羨望と憎しみを覚え、
そして、必ず恐怖するのである。
「入るよ。」
無造作に開いたドアから、一人の青年が入って来た。
通常の人間であれば3秒で意識を失うほどの特別な何かが充満しているこの院長の私室に、
いとも簡単に入室し、笑顔さえ浮かべている。
その飄々とした立ち居振る舞いを、
まるで何かの伝統的な舞いのように見せてしまう程の美しさをこの青年は持っていた。
彼も、誰もが知るもう一人の闇の主である。
「やあ、景気はどうだい」
「招待した覚えは無いが、何の用かね」
言葉の内容とは裏腹に、 この美しき院長は嬉しそうな笑みを浮かべている。
この空間にもし通常の人間が同席したならば、3秒では無くおそらく0.5秒で
この二人の魔人の美しさの毒気にあてられ、 全治1ケ月の入院が必要になるのは明らかである。
「あいかわらず、口が悪いなぁ」
と、およそこの場所に似つかわしく無いセリフを彼が吐いた直後。
この空間の質が変化した。
そもそも、ここには院長の許可無く入室ができるはずが無いのである。
それは、ここには居ない同じ美しい顔を持つ魔人であっても例外では無いはずである。
美しき院長は愛でるような眼差しを戸口に立つ黒い服に覆われた青年に向けながら言い放った。
「君は・・・誰だ?」
そして。
当然の結果として返された言葉が全てを刻み出すきっかけとなるのである。
「私は。」
「私だ。」
全てが。
一つの方向に向かって、始まろうとしていた。
|