「いつも混んでますね、ヨシコさん」
「ラリー」
「はい」
「いつになったらママって呼んでくれるの?」
第3区では知る人ぞ知る「ヨシコの店」の女主人である。
彼女はその歳になっても衰える事を知らない美貌を輝かせながらラリーを見つめている。
「勘弁して下さいよ、私はあなたを尊敬しているんですから」
「5区の筆頭整備士さんにそう言われるのは光栄だけど、ラリー?」
「えっ? はいっ」
ラリーは少し酔いの回った赤い顔をヨシコのほうに向けた。
「母親は息子に尊敬されてもうれしくはなくてよ」
ヨシコはその細く長い人差し指をラリーの形のいい鼻の先に軽く押し当てて言った。
「・・・・、もっともです」
まるで熊を想像させるような己の巨体を揺すりながら笑うラリーをヨシコは楽しそうに眺めている。
この情景はこの区では知らぬ者がない事実でありながら7不思議の一つとしても数えられていた。
ラリーは5区と呼ばれる研究区の最高責任者であった。
ヨシコはその母であると同時にいわゆる歓楽街である3区の中心にある酒場の主人である。
事情通から見れば不思議な事ではないが、研究区と歓楽街は根本的に相反する性質を持っている。
いわゆるエリートと呼ばれる人種はこの区ではあまり歓迎されず、
客のほとんどはこの区の住民と作業区の人間ばかりであるのも事実であった。
「ラリー」
「はい、ヨシコさん」
ヨシコは少し眉を上げて「頑固な子ねェ」という表情を見せながらラリーに言った。
「ケンの事だけど・・・・」
ラリーは「ケン」という名を聞いたとたん、その大きな身体を一瞬硬直させた。
そしてヨシコから目をそらし、うつむいたまま頭をあげようとしない。
が、そのまま母の問に答ようと口を開きかけた。
ヨシコの反応はすばやかった。
ラリーが声を出す前に自らの言葉でそれを遮った。
「いいのよラリー、言いにくければ」
「大体の様子は情報屋から聞いて知っているけど、ちょっと心配なだけ。」
ヨシコは優しくラリーに言った。
それは、母親らしい気使いであった。
いくら親子とはいえ、超機密情報に関係する話題をこのような場所で口にする事が、
ラリーの立場では不可能である事はたとえ母親でなくても容易に想像できる事であった。
しかし・・・
ラリーは呟くようにゆっくり話始めた。
「ケンの飛行テストはうまくいきました、テストとしては」
「今日も本当は二人で来るはずだったんですが・・・」
「あいつ、帰ってきてから様子が変なんです」
ヨシコは黙って聞いている。
ラリーはグラスに残る琥珀色の液体を一気に飲み干し、さらに続けた。
「まあ、それだけなら心配する事もないんですが」
「実は・・・」
ラリーは一瞬ためらったかのように見えたが、吐き捨てるように言った。
「メインコンピュータの記録が一部欠落してたんです」
「えっ!?」
ヨシコは思わず大きな声を上げそうになり、あわてて両手で押さえた。
そしてその大きな瞳を左右にゆっくりと動かし、あたりの様子をうかがった。
そしてラリーに目で「マスタールームへ」と告げた。
「マスタールーム」。それはヨシコのプライベートルームであり、彼女が許可せぬ限り
いかなる権力をもってしても入室を許されぬ部屋であった。
街の者はその過去の事実より、口を揃えてそこを「要塞」と呼んでいた。
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