遠近感が狂っているのだろうか。
木造である事は解るのだが、
異様に天井の高く長い廊下は、まるで光に嫌われた別世界のようであった。
こちらへと近づく人影。
純白のコートとプロンドの髪は不釣合いな背景から滲み出るように現れた。
形容しがたい芳香があたりに充満する。ゆっくりと空気の隙間を縫うように移動している。
凝視しなければ、それは歩いている動作を忘れさせる荘厳さを伴なっている。
その、
この世の生物とは思えない美しさを持った青年はやがて一つのドアの前で立ち止まった。
「入れ」
ドアの向かうから声がかかると、青年はすっ・・・と、
ドアの向こうに消えた。
「お呼びですか?」
「おう」
ぞんざいな口調は一切の飾りを廃した六角形の部屋の真ん中から発せられた。
椅子に深くもたれかかり、
足を組んでなにやら資料らしきものに目を通している。
驚くべきは、
この世の物理法則を無視するかの如く、
その椅子は他の3本の足が無用の長物であるといわんばかりに一本でバランスを保ち、
まるで根が生えた生物のように振る舞い、
その役目をまっとうしていた。
「白夜」
「はい」
「今回はどうなんだ?」
「・・・なかなかおもしろいかもしれませんね」
美しい青年は僅かに笑みを浮かべながら答えた。
「で?」
「彼の血筋より一人」
「ほう・・・」
「しかも、珍しい事に女性」
「そりゃ・・・」
「凄いな」
言葉の示す意味とは、まるで無縁なそぶりである。
「一人。」
「・・・という事は他にも誰か?」
「それが・・・」
「どうした?」
「名をアナクと・・・」
青年の言葉が終わる前に中央に座する男の雰囲気が変わった。
それは、中身だけが変わったというべきなのか。
しかも、微動だにしなかった椅子の一本の足が揺らいだかのように見える。
「・・・屍校長」
「まあ、いい」
「校長。嬉しそうですが」
「そうか?」
「はい」
「そのようなご様子は久しく、一千年程前に一度・・・」
青年は何も無い壁に視線を移し、じっと一点見つめながら答えた。
その遠くを見つめるような青年の瞳は、
いとも簡単に言い放った、
遠い過去へと向けられているようであった。
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